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『けものフレンズ』の各エピソードの完成度についての解説 第3話

雑談・ネタ (48)

『けものフレンズ』第3話『こうざん』における、かばんたち一行の目的は「山頂でのバッテリー充電」だ
しかしこれはまさに「行って帰る”だけ”」の物語であり、エピソードの主題としては成立していない

傑出したエピソードだと多くの視聴者が認めたこの物語の構造を、細かく分解して観察してみよう
まずは前回の解説と同様に、シーンごとに分けて物語の流れを掴む
途中の解説、OP・ED、アライグマ一行とPPPによる予告を除くと、実質21分28秒のエピソードである

①ジャングル(0:00 - 0:28)
②ロープウェイ駅 トキ(0:29 - 2:39)
・オープニング(2:40 - 4:09)
③ロープウェイ駅 山頂への行き方(4:10 - 4:32)
④準備 空へ(4:33 - 7:04)
⑤飛行中(7:05 - 8:14)
⑥サーバル 崖(8:15 - 8:36)
⑦柱の上 食事(8:37 - 10:24)
・解説(10:25 - 11:24)
⑧サーバル 落下(11:25 - 11:43)
⑨山頂 カフェ(11:44 - 12:51)
⑩屋根 カフェ(12:52 - 14:30)
⑪屋外 芝刈り 回想(14:31 - 15:50)
⑫カフェのマーク サーバル到着(15:51 - 16:40)
⑬テラス(16:41 - 18:18)
⑭ロープウェイ 仲間のトキ(18:19 - 19:25)
⑮ジャングル バス(19:26 - 21:15)
続いて三幕構成で

第一幕:①~③
第二幕:④~⑫
第三幕:⑬~⑮

と分割しておきたい
幕の切れ目はやや曖昧で、多少前後する解釈も十分ありうるだろう

ミッドポイントは12:10頃の、カフェ内でアルパカと出会うシーンのように思われる
表面上のメインストーリーは前述したように「山頂でのバッテリー充電」だ
では裏のメインストーリーは何か?

曖昧な表現になるが、それは「孤独と仲間」だ

本エピソードは短い時間の中で、驚くほどに多彩なサブストーリーを入れ込んでいるが、そのいずれも「孤独と仲間」というテーマで通底している


サブストーリーはかばん以外のほぼ全てのキャラクターに設定されている
つまり、サーバル、トキ、アルパカ、ボスの四者だ
このうち目立つものは、ゲストキャラクターであるトキとアルパカのものだろう

アルパカには「客の来ないカフェ」が、トキには「音痴」と「仲間探し」というふたつの物語がある
「客の来ないカフェ」はサブストーリーの中でも最も大きいのでわかりやすい
存在自体が気づかれていないのでは、というトキの洞察から、芝刈りで巨大マークを描くというかばんの機知により、これは解決する

1、2話と連続で描かれていた「かばん無双」には、すでに視聴者も期待を寄せていたことだろう
実は第2話の『じゃんぐるちほー』とこの第3話『こうざん』は、一続きの前編後編のような構成になっているようにも思われる
かばんの機転で困難を解決する構造は共通しているのだが、内容については微妙な差異があり、それが主人公かばんの成長を示してもいる
第2話では、移動のために必要なバスの運転席部分を対岸へ運ぶことが問題となっていた
かばんの知恵から生まれた計画は、仲間の能力(ジャガーの水泳、カワウソの器用さ、サーバルの身体能力)をフル活用することで成立した
本来は部外者のふたりの協力により、かばんたちの目的は達成された
第3話では、この協力者と受益者の関係が逆転する
山頂を訪れたかばんたちの主目的はあくまでバッテリーの充電であり、アルパカに協力しなくても、何の問題もなく一行は次の地方に進めたはずだった

しかしかばんは、さも当然のごとくアルパカの客集めに協力する
なぜだろうか?
第1話でのかばんとサーバルの関係を思い出せば、答えは容易に引き出せるだろう

自分の力だけで解決できない問題に直面した場合、フレンズたちは当然のように協力し合うのだ
つまり第2話第3話を通して、かばんがフレンズとしての思想をしっかりと身につけつつあることが描かれている
トキの「音痴」のストーリーには、かばん(腹式呼吸)とアルパカ(喉にいいお茶)が問題をさりげなく解決しつつ(このストーリーの、相手を傷つけない「優しさ」は出色だ)、被害者として聴覚の鋭いサーバルを絡めていることが抜け目ない

ひとりとして「仲間はずれ」を作り出さない見事な構成だ
ほぼ初登場の第2話時点で「大口を叩いた直後に無様に失敗する」キャラクターを確立してしまったボスに対しても、しっかりと救済のミニストーリーが用意されている

芝刈り中に発見した足漕ぎゴンドラにより、ボスの面目は保たれた
細部を見逃さない制作者の配慮が光る
山頂に至るまではそれぞれどこか孤独を抱えていたキャラクターたちが、別れのシーンでは逆に連帯を強めている
その最も象徴的な表現となっているのが、トキの「仲間探し」のストーリーだ

驚くべきことに、この「仲間探し」は実際に台詞として表現されるものがほとんどない
表現されているのは「仲間を探している どこにいるの 私の仲間」という歌詞でのみだ

しかしこれは、現実世界で本土における野生種をほぼ絶滅にまで追い込んでしまった日本人の胸には、ひどく痛みをもって響く
トキの抱える孤独の哀しみが、くっきりと浮き上がっている
こうした哀しみが描かれているからこそ、「仲間探し」のラストでショウジョウトキが現れる場面がいっそう美しく映える
このシーンでトキとアルパカは顔を見合わせて笑い合うが、それは同種の仲間と客を見つけたという喜びからだけではない
この山頂にいて時間を共有した者すべてが、すでに仲間になっていたことの表れだ
彼女たちはすでに、喜びを共有し合う相手を見つけていた

画面を通してそのさまを見つめていた視聴者まで、その仲間の輪に引き込まれていたような感覚を覚える
かばんの機知がフレンズたちを結びつける pic.twitter.com/l5JwBQfAJb
サーバルのストーリーについても、少し触れておこう

序盤のワイヤーからの落下、木の根からの落下、挙句の果てにバスに撥ねられると、本エピソードではコメディリリーフとしての役割を存分に発揮してくれるサーバルだが、作品全体の構成から考えて、意外と奥の深い考察もできそうな描写だ
運動能力に長けているが思慮に欠けるサーバルと、慎重で機知に富んでいるが貧弱な身体能力のかばん、互いの欠点を補い合うこの関係は、「バディもの」としては理想的なコンビであるとも言える

だがここにはしっかりと、作品のテーマに関わる重大な問題が埋め込まれている
「バディもの」やそれに準じる作品では多くの場合、正主人公と副主人公という位置づけがなされている
そしてまた多くの場合、肉体的に痛めつけられ苦しめられるのは副主人公のほうなのである

これは視聴者や観客に対する「安全装置」になっている
「身代わり装置」という表現のほうが正確だろうか

視聴者は基本的に正主人公へ感情移入している
ゆえに正主人公に肉体的な苦痛や困難を与える場合、物語上のリスク、つまり視聴者へのストレスがつきまとう
このストレスを軽減するために、副主人公が正主人公の痛みを肩代わりするのだ
副主人公は、正主人公の罪、過失、躊躇、能力不足などから、肉体的に痛めつけられ、理不尽な困難を背負う

古い作品を挙げるのなら、まずはゲーテの『ファウスト』におけるグレートヒェンだろう
敬虔で信心深い彼女は、悪魔メフィストフェレスと契約したファウストの罪を一身に背負うことになる
さらに例を挙げていくと

『ダーティハリー』シリーズにおけるハリーの相棒たち
『ブレイキング・バッド』におけるジェシー・ピンクマン
『ベター・コール・ソウル』におけるキム・ウェクスラー
『魔法少女まどかマギカ』における暁美ほむらと美樹さやか

などがすぐに思いつく
正主人公はこうした「相棒」の苦しみを間近に見つめ、精神的に追い詰められていくのが物語の類型だ

『けものフレンズ』はコメディタッチの作品であるため、サーバルの苦闘は視聴者にもかばんにも笑いをもって迎えられる
しかし深刻さが高まる物語終盤においては、こうした関係性が主人公かばんと、相棒サーバルの成長を強く要求する「種」になっていることは見逃すことができない

実際に最終盤の2話において、かばんは肉体的な行動を要求され、サーバルは思慮を要求される
『けものフレンズ』1期が恐ろしく周到なのは、こうした関係性の偏りを視聴者にそれと気づかせることなく、コメディとして見せていることだ
序盤3話の時点で、すでに最終2話への「振り」が配置されている
『こうざん』というエピソードは、単体の短編として観ても、シリーズ中の1話として捉えても、非常に傑出している

内側と外側に張り巡らされた物語の網の巧みさを、ご理解いただけただろうか

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